千葉地方裁判所 平成3年(行ウ)20号 判決 1992年11月30日
原告
谷川寿光
被告
沼田武
同
原進
同
岩瀬良三
被告ら訴訟代理人弁護士
石津廣司
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、千葉県に対し、連帯して三四万九八〇〇円を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告沼田武の本案前の答弁
(一) 原告の被告沼田武に対する訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告らの本案の答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は千葉県の住民である。
2 被告沼田武(以下「被告沼田」という。)は千葉県知事、被告原進(以下「被告原」という。)は千葉県教育委員会委員長、被告岩瀬良三(以下「被告岩瀬」という。)は千葉県教育委員会教育長の各地位にあるものである。
3 「被告沼田」は、千葉県知事として、被告原は、千葉県教育委員会委員長として、被告岩瀬は、千葉県教育委員会教育長として、千葉県立高校のうち六五校の合計九八か所に神棚を設置し、かつ、神棚の上に神殿又は社を設置するのに、その費用を公金から支出した。また、被告らは、同様に、右九八か所の各神棚から神殿又は社を撤去する費用を公金から支出した。
4 3の各支出行為は、憲法二〇条、八九条、教育基本法九条及び地方財政法四条一項の各規定に違反する公金の支出であり、故意又は過失に基づいてされたものである。
5 3で支出された公金は、合計三四万九八〇〇円であって、その内訳は、平成二年六月二八日竣工した千葉県立銚子商業高等学校の柔道場及び剣道場にそれぞれ神棚を設置するのに要した費用である一八万円、それぞれの神棚の上にあった神殿又は社を設置するのに要した費用である一か所当たり約八万円の一六万円、千葉県立高校のうち六五校の合計九八か所の各神棚から神殿又は社を撤去するのに要した費用である一か所当たり約一〇〇円の九八〇〇円である。
6 原告は、本訴提起前の平成三年四月二日、千葉県の監査委員会に対し、3の公金の支出行為について、地方自治法二四二条所定の住民監査請求をしたが、監査委員は、同年五月二八日、原告に対し、請求に理由がない旨の通知をした。
7 よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定により、民法七〇九条に基づく損害賠償として、被告らに対し、請求の趣旨記載の金員の連帯支払いを求める。
二 被告沼田の本案前の主張
被告沼田は、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に該当せず、これに対する訴えは不適法である。すなわち、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法律上本来有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないものである(最判昭和六二年四月一〇日民集四一巻三号二三九頁)。ところで、千葉県においては、教育財産を取得する権限及び配当予算の範囲内における歳出予算の執行に関する権限は、千葉県事務委任規則二条一号及び六号の規定に基づき、千葉県教育委員会に委任されており、更に、歳出予算の執行に関する支出命令権限は、千葉県教育委員会行政組織規則一〇条の規定に基づき、千葉県教育委員会教育長に委任されているところ、千葉県立銚子商業高等学校の建築費用(原告主張の棚の設置費用を含む。)は、千葉県教育委員会教育長が、右権限に基づき、その支出命令により支出したものである。また、原告主張の「神殿又は社」の取得・撤去・保管費用については、そもそもかかる費用に関して公金支出がされた事実はないが、仮に原告主張のとおり学校の用に供する財産の取得・撤去・保管に係るものとして、その経費につき公金支出がされるとすれば、それは、教育財産の取得に係るものであって、同様に千葉県事務委任規則二条一号及び六号、千葉県教育委員会行政組織規則一〇条の各規定に基づき、千葉県教育委員会教育長の支出命令により支出されるものである。そして、前記千葉県事務委任規則に基づく支出命令の委任は、地方自治法一八〇条の二という法の明示の根拠に基づき、しかも、規則という公示を要する法形式でなされており、いわゆる「外部委任」に該当するものである。したがって、本件訴えでその適否が問題とされている公金の支出については、その支出命令権限は、受任者たる千葉県教育委員会教育長に移っており、その反面、委任庁たる千葉県知事は、支出命令権限を失っているものであって、千葉県知事たる被告沼田が地方自治法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」に該当しないことは明らかである。
三 請求の原因に対する被告らの認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は否認する。
5 同5のうち、千葉県立銚子商業高等学校の柔道場及び剣道場が、平成二年六月二八日竣工したこと、これに棚(ただし、神棚ではない)が設置されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
6 同6の事実は認める。
四 被告らの主張
1 千葉県立高校の武道場(柔道場、剣道場)に設置されている棚は、各種スポーツ大会で獲得したトロフィー等を飾る棚として設置されたものであって、その設置経費を公金から支出するのは当然のことであり、その支出に何ら違法はない。なお、右各武道場の棚に、これを利用する者が「神殿又は社」(これらを公金で取得した事実はない。)を置いたことがあったとしても、その利用状況からさかのぼって棚設置のための公金の支出が違法となるものではない。
また、原告は、千葉県立銚子商業高等学校の柔道場及び剣道場の棚(以下これを「本件棚」という。)に幕板があることをもって、それが「神棚」であることの証拠であるとするが、幕板は、それ自体に宗教的意義があるものではなく、デザイン上のアクセントとして設置されたものである。更に、原告は、幕板があると、本件棚に飾られたトロフィー等が見えなくなるというが、そのようなことはない。
2 千葉県立高校の武道場の棚の設置経費として公金支出がされたことによって、その反面、千葉県は、右経費に相応する棚という財産を取得しているのであって、千葉県には何ら損害が生じていない。
五 被告らの主張に対する原告の反論
被告らは、県立高等学校の武道場に設置された棚は、神棚ではなく、トロフィー等を置くためのものであると主張するが、本件棚の場合、人間の目から上に三〇センチのところに位置するような幕板が取り付けられており、これにトロフィー等を飾っても、見えない状態となるのだから、この棚の用途が神棚でなく飾り棚であるとする被告らの主張は、失当である。
第三 証拠関係<省略>
理由
一まず、被告沼田の本案前の主張について判断する。
地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものと解される(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決民集四一巻三号二三九頁)。そこで、本件についてこの点をみるに、千葉県知事である被告沼田は、予算の執行権及び支出命令権を有するものであるが(法一四九条二号及び二三二条の四第一項)、<書証番号略>によれば、被告沼田は、法一五三条の規定に基づき、千葉県事務委任規則(昭和三一年七月二五日規則第三三号)をもって、千葉県教育委員会に対し、教育財産を取得する事務及び配当予算の範囲内における歳出予算の執行に関する事務を執行する権限を委任し(同規則一条、二条一号及び六号)、更に、千葉県教育委員会は、千葉県教育委員会行政組織規則(昭和三五年四月一日教育委員会規則第二号)をもって、右権限を千葉県教育委員会教育長に委任していること(同規則一〇条)が認められる。しかしながら、被告沼田は、右のとおり、地方自治法上、右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている以上、右財務会計上の行為の適否が問題とされている本件代位請求住民訴訟においては、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものと解するのが相当である。そうすると、被告沼田の本案前の主張は、理由がないものというべきである。
二そこで、千葉県立銚子商業高等学校の武道場への「棚」設置経費として公金を支出することが違法な公金支出に当たるか否かについて判断する。
1 千葉県立銚子商業高等学校の柔道場及び剣道場が平成二年六月二八日に竣工し、これに本件棚が設置されたことは、当事者間に争いがない。
2 原告は、本件棚は神棚であり、その設置経費として公金を支出するのは、憲法二〇条、八九条、教育基本法九条及び地方財政法四条一項の各規定に違反する違法な公金の支出であると主張するので、以下検討する。
<書証番号略>、証人渋谷哲成の証言によれば、本件棚は、その設計図には、その名称として「飾り棚」と書かれていること、その形状は、縦一五〇センチメートル、横一八〇センチメートル、奥行三八センチメートルの箱状であり、その前面には、上から二〇センチメートルのところに、縦三〇センチメートル、横一七四センチメートルの幕板がついているほかは何もなく、中に入れた物が外から見える構造になっていること、本件棚は、競技の支障にならないよう床から二メートルの位置に底辺がくるように壁から張り出すかたちで設置されること、その設置に際しては、部活動で獲得した優勝カップを置いたり、表彰状や精神訓等を書いた額を掲げることなどが目的とされていたことが認められる。右認定の事実によると、本件棚の形状それ自体には宗教的意味があるとは認められず(幕板の存在が特定の宗教の教義を背景にしていると認めるに足りる証拠もない。)、また、本件棚の設置目的も基本的には世俗的なものであると認めることができる。
右事実によれば、本件棚の設置及びそのための公金の支出は、本件棚に神殿又は社を置くことを目的とするものではないが、一方、<書証番号略>に弁論の全趣旨を総合すれば、平成二年度の千葉県の公立高校で武道場を設置していたものは、一五二校中一三八校(設置率90.8パーセント)であり、そのうち神殿(社)を置いているものは、柔道場で一三八校中三九校(設置率28.3パーセント)、剣道場で一三八校中六〇校(設置率43.5パーセント)であったこと、神殿(社)を置いていた高校では、これを本件棚同様の棚の上に置いていたことが認められ、右認定の事実によると、被告らは、本件棚に神殿又は社を置くような事態がありうることを排除せず、ある程度は予想していたものであると推認することができ、この点において、憲法二〇条三項との関係が問題となりうるといえる。
ところで、憲法の政教分離原則は、国家が、宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきところ、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、国及びその機関の活動で宗教とかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右の相当とされる限度を超えるものをいい、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきであり、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するについては、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断することを要するものである(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号同五二年七月一三日大法廷判決民集三一巻四号五三三頁)。これを本件についてみるに、本件棚の設置経費としての公金の支出行為は、設置された棚に神殿又は社が置かれる可能性があるという意味で、全く神道とかかわり合いがないということはできないが、その目的は、前説示のとおり世俗的なものであり、また、原告本人尋問の結果によれば、神殿又は社が柔道場及び剣道場に置かれた場合に生じうる事態としては、柔道又は剣道の授業、ないしはこれらの武道の課外活動における練習の初めと終わりに、指導者及び生徒らがその前で黙想することが考えられるが、これらは、神道の宗教上の行為というよりは、武道の中の一つの作法として長年月の間行われてきたものであって、伝統的な習俗と目するべきであり、それが強制にわたらない限り、一般人に対し、国家ないしその機関が神道に特別の援助を与えているとの印象を与えるものとは認められず、また、本件棚は、前認定のとおり、優勝カップを置いたりすることを目的とするものであったが、高校の中には、任意に神殿(社)を置いたところがあったというのであって、当然に神殿又は社が置かれるとはいえないのであるから、右公金の支出行為の神道とのかかわり合いは、極めて微弱なものであると認められる。
そうすると、本件棚の設置経費としての公金の支出行為は、その目的が柔道場及び剣道場に棚を設けるというものであり、本件棚に神殿又は社が置かれる可能性があることを考慮してもなお、世俗的なものであり、その効果は、神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められず、結局、憲法二〇条三項により禁止される宗教的活動には当たらないものというべきである。
また、右認定の事実によれば、本件棚の設置経費の支出は、憲法八九条所定の宗教上の団体等に対する公の財産の支出、又は教育基本法九条所定の宗教教育のための支出に該当しないことが明らかであり、更に、本件棚の設置経費の支出が地方財政法四条一項所定の必要かつ最小の限度をこえた支出であることを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の右主張は、理由がない。
三次に、原告は、被告らが本件棚の上にあった神殿又は社を設置するのに要した費用及び千葉県立高校のうち六五校の合計九八か所の棚から神殿又は社を撤去するのに要した費用を違法に公金から支出したと主張するので、この点について判断するに、右原告主張の費用が支出されたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。
四よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清永利亮 裁判官清水信雄 裁判官本吉弘行)